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大瓶の謎 お茶を運ぶ時の先人の知恵の跡

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吉田勝治さんが育った家の庭には、大きな壺がある。


 周辺地域でこれらの大壺を見かけることがあり、不思議に思っていた。

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 宇治には、上林記念館という宇治茶を知る上で極めて重要な記念館がある。


 そこで宇治茶の歴史を知ったが、茶壺のことも知ることが出来た。


 江戸時代、幕府が将軍御用の宇治茶を茶壺に入れて江戸まで運ぶ宇治茶壺道中をおこなった。


 童謡で、
「ずいずいずっころばし」です。「茶壷に追われてトッ(戸を)ピンシャン、抜けたら(通過したら)ドンドコショ(やれやれ、と息をつく)」と歌われているように、庶民は御茶壷道中を顔をあげて見ることすら許されず、通りすぎるのを恐る恐る息を潜めて待っていたようすが伝承されている。


 宇治茶は、庶民とまったく無縁のものであるどころではなかったのである。


 宇治上林記念館には、その茶壺にお茶を入れる儀式や宇治茶壺道中の様子が詳しく再現されている。

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 ところが、明治維新以降、宇治茶は幕府崩壊によって危機を迎える。そのため先達者たちはあらゆる努力を惜しまなかった。

 そして、お茶が一部の特権階級のものとしてではなく、多くの庶民に親しまれるものとして日本はもちろん世界中に出荷される。


 その頃、お茶を入れて荒縄でぐるぐると巻いて各地に出荷した時の大瓶が吉田勝治さんが育った家の庭にも残されていたのである。

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 宇治・上林記念館のかたに大壺があるならよく見て下さい、荒縄を巻きやすいように大壺にへこみが出来るようにされているので、と言われたので、吉田勝治さんの育った庭の大壺に近づいてもう一度、よく見直してみた。


 荒縄でしっかり巻き付けられるように大瓶がつくられていた。
 

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by ujimeicha | 2019-12-28 15:14 | 宇治茶を知る | Comments(0)